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札幌高等裁判所 平成7年(ネ)26号 判決

《住所省略》

平成7年(ネ)第26号事件控訴人・同第34号事件被控訴人

脇本重一(以下「第1審被告」という。)

右訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

清水直

小竹治

武内秀明

平出晋一

田中寿一郎

《住所省略》

平成7年(ネ)第26号事件被控訴人・同第34号事件控訴人

小田壽(以下「第1審原告小田」という。)

《住所省略》

平成7年(ネ)第26号事件被控訴人・同第34号事件控訴人

薬師晋一(以下「第1審原告薬師」という。)

《住所省略》

平成7年(ネ)第26号事件被控訴人・同第34号事件控訴人

堀田敏夫(以下「第1審原告堀田」という。)

右3名訴訟代理人弁護士

佐藤義雄

主文

一  第1審被告の本件控訴に基づき原判決中第1審被告敗訴の部分を取り消す。

二  第1審原告らの請求をいずれも棄却する。

三  第1審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第1,2審を通じて第1審原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  第1審被告の控訴の趣旨

主文第一,二項と同旨

二  第1審原告らの右に対する答弁

第1審被告の本件控訴を棄却する。

三  第1審原告らの控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  第1審被告は石油海運株式会社に対し,1億0963万1269円及びこれに対する平成6年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

四  第1審被告の右に対する答弁

主文第三項と同旨

第二  事案の概要

一  本件は,訴外石油海運株式会社(以下「訴外会社」という。)の株主である第1審原告らが,訴外会社の代表取締役である第1審被告に対し,第1審被告が権限を濫用して訴外会社に損害を与えたとして商法267条に基づき右損害を訴外会社に賠償することを求めたところ,原審が第1審原告らの請求を一部認容し,その余を棄却したので双方が控訴した事案である。

二  争いのない事実及び争点は,次のとおり付加訂正するほかは原判決の記載と同一であるからこれを引用する。

1  原判決2枚目裏4行目の末尾の次に「第1審原告小田は昭和62年から同社の常務取締役であった。」を加える。

2  同4枚目表5行目の最初の「る」の次に「購入時から本訴の提訴された平成5年12月24日まで」を加え,10行目の冒頭から同5枚目表7行目の末尾までを次のとおり改める。

「(1) 訴外会社にとって平塚富士見カントリークラブのゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)は,商法260条第2項1号所定の重要財産とはいえず,その購入について取締役会の決議は不要である。訴外会社の本件ゴルフ会員権の購入が重要財産の譲受に当たるか否かは,購入価格と購入時の決算の当期利益との比較だけで決することはできず,会社の資産との比較をすることも必要であり,訴外会社の資産総額は平成元年度は約95億円,平成2年度は約108億円,平成3年度は120億円であったから,本件ゴルフ会員権の購入価格は資産総額の1パーセントにも満たないものであった。

(2) 仮に,取締役会の決議が必要であるとしても,平成元年9月21日に開催された訴外会社の定例の取締役会において本件ゴルフ会員権を購入することが決議された。その経緯は次のとおりである。

ア 平成元年7月10日

業務連絡会において,ゴルフ会員権の買い換えについての提案がなされた。

イ 同年同月28日

常務会において,第1審被告が本件ゴルフ会員権の購入を提案し,第1審原告小田を含む出席者全員が賛成した。

ウ 同年8月25日

本件ゴルフ会員権購入の社内稟議書が作成され,第1審原告小田を含む常勤役員全員が捺印して承認した。

エ 同年9月1日

本件ゴルフ会員権購入手続が終了した。

オ 同年9月21日

第1審原告小田を含む取締役全員が出席して定例取締役会が開催され,本件ゴルフ会員権購入について報告され,取締役全員から事後承認を受けた。なお,右取締役会の議事録は作成されたが,その後,紛失した。

(3) 第1審被告が訴外会社が本件ゴルフ会員権を購入すべきであると判断した経緯は次のとおりであり,購入目的は正当であり,その不売却にも合理性があり,右判断の前提となった事実認識及び意思決定の過程に誤りはなく,経営判断の裁量の範囲内にあるというべきである。

接待用のゴルフ会員権は取引先からの受注の獲得や事業の継続に不可欠なものであり,税務上も年会費等の経費算入が認められており,訴外会社においても接待目的で複数のゴルフ会員権を保有しているところであるが,第1審被告は,訴外会社の活動拠点が東京にあり,取引先の多くが平塚富士見カントリークラブの会員になっていて関東のゴルフ場の会員権の中で本件ゴルフ会員権の価格は中の上クラスであること等を考慮し,取引先を接待して受注を獲得するためには右会員権を購入することが適切であると判断した。現に,右会員権は購入後訴外会社の取引先の接待に多数回有効に使用されており,投機目的で購入されたものでないので売却の予定はなく,売却すれば高額な名義書換料・仲介手数料がかかり,税務上の優遇措置もないことからすると,特別の事情のない限り売却しないことに合理性があるといえる。

(4) 仮に,本件ゴルフ会員権の購入手続に違法な点があったとしても,訴外会社は右会員権を購入したことにより損害を受けたことはない。

すなわち,訴外会社が本件ゴルフ会員権を7950万円(手数料80万円と名義変更料103万円を除く。)で購入した平成元年当時,右会員権の高値は9000万円で安値は6650万円であり,同年8月1日現在の相場は7800万円で,同月23日の売気配値は8400万円ないし8100万円で,買気配値は7500万円ないし7200万円であったから,訴外会社は右会員権を相場価格よりも高く購入したといえない。また,右会員権は接待に使用する目的で購入したものであって売却する予定はないが,右会員権の相場価格はその後上昇し,同年12月には9000万円,平成2年3月には9400万円に上昇し,同年中には9500万円の高値をつけているのであって,第1審被告は右会員権購入時にその相場価格が下落することは全く予測ができなかったものであり,相場価格は回復の可能性もあるから,右会員権購入による損害は現実化しているとはいえない。なお,右会員権の現在の価格は4000万円を下らない。

(5) 第1審原告らが本件ゴルフ会員権の購入が違法であると主張するのは次のとおり,クリーンハンズの原則,禁反言の原則に反し,権利(株主権)の濫用である。

ア 第1審原告小田は,訴外会社の取締役として本件ゴルフ会員権の購入に積極的に賛成していたものであるから,右会員権購入に関して責任がある立場にある。

イ 第1審原告堀田及び同小田は,平成元年12月から平成2年1月にかけて訴外会社が第三者とともに資金約45億円で北海道の日高にゴルフ場を建設すべきことを計画したが,第1審被告が反対して右計画は中止となった。右のような巨額の費用を要する計画をしていた第1審原告らが本件ゴルフ会員権の購入を問題視するのは不自然である。

ウ 第1審原告らは,専ら訴外会社及び第1審被告に対して嫌がらせを行い,訴外会社における第1審原告らの地位と影響力を確保する目的で本件訴訟を提起している。第1審原告小田は,本件ゴルフ会員権の使用名義人を第1審被告にし,右会員権を訴外会社に購入させることにより,将来第1審原告小田が取締役を解任等されたときに,これを種に訴外会社及び第1審被告に揺さぶりをかけることを当初から目論んで右会員権購入に積極的に賛成したものと考えられ,現に,第1審原告らは訴外会社及び第1審被告に対し嫌がらせと自らの地位・影響力の確保を目的とした種々の訴訟を提起している。」

3  同5枚目裏4行目の「対する」の次に「札幌ゴルフ倶楽部会員権の売却決定時から前記した本訴提起時まで」を加える。

4  同6枚目裏9行目の次に行を改めて「第1審被告は,平成7年11月10日,訴外会社に右損害及び法定の遅延損害金を支払ったと主張するが,株主代表訴訟において追及する当該取締役の責任は,商法266条違反に基づくものであるから,総株主の同意がなければその責任を免除することができないものである(同法266条5項)。さらに,株主代表訴訟で勝訴した株主は,会社に対して弁護士費用等の支払を請求することができることからしても,第1審被告の主張は株主代表訴訟を提起した株主の右請求権を無視する結果となる。」を加える。

5  同7枚目表末行の「迎える」の次に「得意先や社員の」を加える。

6  同7枚目裏8行目の次に行を改めて「なお,第1審被告は,平成7年11月10日,別紙一覧表記載の交際費等の合計60万7964円及びこれに対する平成6年1月12日から平成7年11月10日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金を訴外会社に支払い,訴外会社はこれを受領したので,仮に訴外会社が第1審被告に損害賠償請求権を有していたとしても弁済により右請求権は消滅し,第1審原告らのこの点に関する訴えの利益は消滅した。したがって,第1審原告らが主張する商法266条5項の責任免除の問題は生じず,また,同法268条の2第1項による株主の請求は勝訴が条件になっているものであるから,弁済により債権が消滅した後も紛争を継続させようとすることは本末転倒である。」を加える。

第三  証拠関係は原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件ゴルフ会員権購入について

1  取締役会決議の要否

前記争いのない事実,証拠(甲第4,9,10,23,40号証,第42号証の1,第43,45号証,乙第1,11号証,第33号証の1ないし4,第43号証の1ないし3,第54号証)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(一) 訴外会社が昭和58年に制定した取締役会規則7条13号は訴外会社が重要な財産の取得及び処分(多額の投資,融資ならびに重要な担保権の設定)をするには取締役会の決議を経ることが必要である旨定めている。

(二) 訴外会社の昭和59年11月20日開催の取締役会は,当時保有していた株式会社太平洋クラブのゴルフ会員権を450万円で売却し,新たに茨城ゴルフ倶楽部の会員権を1800万円で購入することを議題とし,全員一致で承認決議した。

(三) 訴外会社の平成元年度の貸借対照表上の資産は約31億5000万円(流動資産は約8億4000万円,固定資産は約23億1000万円でその大部分は担保に供されている。乙第43号証の1,3には右固定資産の時価は右簿価を大幅に上回る旨の記載があるが,これを裏付ける的確な証拠はなく右記載を直ちに採用できない。)であり,負債が約29億1000万円である。また,訴外会社の損益計算書上の同年度の税引後当期利益は種々の要因で圧縮されていたとはいえ約1000万円,前年度は約1100万円に過ぎなかった。

(四) 本件ゴルフ会員権の購入予定代金は手数料等を含めて8133万円であったが,その購入資金は,当初,札幌ゴルフ倶楽部の会員権の売却代金4275万円(ただし,売却を遅らせた場合は有価証券を売却処分してその代金を充てる。),万木城カントリークラブの会員権の売却代金1520万円と自己資金2338万円が充てられる予定であった。

(五) 本件ゴルフ会員権の価格は訴外会社が過去に購入した複数のゴルフ会員権と比較すると極めて高額であった。

(六) 第1審被告は,訴外会社が本件ゴルフ会員権を購入するのは重要な財産の取得に当たり,札幌ゴルフ倶楽部の会員権を売却するのは重要な財産の処分に当たり,いずれの場合も取締役会の決議が必要である旨認識していた。

右認定の訴外会社の資産額,収益額,本件ゴルフ会員権の価格,資金調達方法,従来ゴルフ会員権を購入した際の手続等によれば,訴外会社にとって本件ゴルフ会員権は重要な財産に当たりその購入は取締役会の決議を要する事項であるというべきである。

2  取締役会決議の存否

前記争いのない事実,証拠(甲第12,23号証,第30号証ないし第32号証,第40,41,49号証,乙第1号証ないし第4号証,第7,8号証,第10号証ないし第13号証,第17号証,第19号証ないし第23号証,第31,32号証,第33号証の3,4,第34号証ないし第36号証,第50,52号証,原審証人山田早苗,当審証人田代満,同吉岡五郎)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(一) 訴外会社は,昭和62年に本社機構の大部分を東京に移し,代表取締役は常時東京で活動し,取引先との交際もそのほとんどが首都圏で行われていた。

(二) 訴外会社では毎週月曜日に業務連絡会を開催していたが,平成元年7月10日に開催された業務連絡会において,第1審被告の指示を受けた笠原経理部長は,使用されていない札幌ゴルフ倶楽部と万木城カントリークラブ(千葉県)の会員権を売却し,営業拠点となる東京において接待用として有効に利用でき,第1審被告の住所に近い関東地域のゴルフ場の会員権を代表取締役である第1審被告を使用名義人として購入したい旨の提案し,出席者(第1審被告,吉岡常務,高澤常務,笹川営業部長,山田取締役総務部長)から了承された。

訴外会社は茨城ゴルフ倶楽部の会員権を保有しており,右ゴルフ場は大口得意先の1社の関係者を接待するのに地理的に便利な位置にあって利用されていたが,訴外会社の大口得意先の他の1社が平塚富士見カントリークラブの法人会員になっていた上,訴外会社の代表取締役である第1審被告の住所は平塚富士見カントリークラブに近かった。

(三) 訴外会社の同月28日午後2時ころに開催された常務会で本件ゴルフ会員権の購入が決定された。出席者は,第1審被告,第1審原告小田,吉岡常務取締役,高澤常務取締役であった。

(四) 訴外会社の同年8月7日の業務連絡会において,笠原経理部長から本件ゴルフ会員権の価格について報告がなされた。

(五) 訴外会社の経理部経理課は常務会の右決定を受けて同月25日付で札幌ゴルフ倶楽部,万木城カントリークラブの会員権を売却し,本件ゴルフ会員権を購入するという買換え承認の稟議書を作成し,第1審被告,吉岡,高澤,第1審原告小田の各常務取締役,山田取締役の承認決済印を得た。第1審原告らの主張する本件決定事項は右のとおり右会員権購入の決定と同時に同一の稟議書で決定されたものである。なお,乙第22号証中には第1審原告小田は,小樽の第1審原告小田の下に送付されてきた右稟議書には既に決裁欄に第1審被告の可決のサインがあったので,回覧の趣旨で押印したものであり,右会員権の購入に賛成したわけではない旨の右認定に反する供述記載がある。乙第23号証及び乙第25号証によれば,右稟議書はその説明欄には右会員権の売却,購入を承認願いますと記載され書面を役員に回覧することにより提案に対し承認を求める趣旨の文書であり,別に設けられた関係者意見欄に意見の記載が可能であり,従来第1審原告小田を含めて反対意見を表明したこともあったところ,右会員権購入については第1審原告小田を含めて役員は右意見を表明することなく回覧の欄に押印したことが認められ,有認定事実によれば稟議書に反対意見を記載せずに押印した役員は仮に決裁欄に可決のサインが既になされていたとしても稟議書記載の提案を承認したものと見て妨げないから,回覧のみの趣旨で押印したという乙第22号証中の前記第1審原告小田の供述記載は直ちには採用することはできない。

(六) 訴外会社は,同月28日ころ,ゴルフ会員権取扱業者である菱和グリーン株式会社に対し,本件ゴルフ会員権の買付けを依頼し,同月9月1日,代金7950万円,手数料80万円,名義変更料103万円で右会員権を購入した。

(七) 訴外会社では,3か月に1回定例の取締役会が開催され,代表取締役から3か月間の経営状況が報告された後,個別の議題に入っていたが,取締役会で多数決による決議が必要とされたことは平成3年5月21日開催の取締役会で第1審原告小田の取締役任期満了後の処遇が問題とされるまでなく,取締役会に先行する社内稟議のとおり概ね1時間程度で平穏に決議がなされ,取締役会の終了時に次回の開催日が決定され,右開催日の1週間くらい前に招集通知がなされていた。

(八) 平成元年9月21日,3か月毎の訴外会社の定例の取締役会が開催され,第1審被告は,常務会の決定とその後の稟議に基づき本件ゴルフ会員権を購入したこと及びその資金調達方法を説明し,取締役会の事後承認を求めたところ,日正汽船株式会社(以下「日正汽船」という。)の専務取締役で訴外会社の非常勤の田代満監査役から,平塚富士見カントリークラブはビジター同伴の予約が取りにくく,日正汽船では他のゴルフ場に変えたが,その点は大丈夫かとの発言があり,これに対し第1審被告は荷主関係などの取引先が既に平塚富士見カントリークラブの会員になっているので予約が取りにくいことはない旨答えた。吉岡常務は,運賃収入の減収が予測される時期の高額な会員権購入が社内外に与える影響を考慮し,右会員権購入には必ずしも積極的でなかったものの,その必要性については格別異論がなかったため,当面,顧客には会員権購入の事実を伏せておくべきである旨の意見を述べた。結局,出席者全員から右会員権購入について異議なく承認決議がなされた。出席者は第1審被告のほか第1審原告小田を含む8名の取締役全員(吉岡,高澤,第1審原告小田の各常務取締役,山谷,稲吉,堀江,山田の各取締役)と田代監査役であった。

(九) 訴外会社の第41期(平成2年3月31日期)決算書の付属明細書には本件ゴルフ会員権を7896万1165円で平成元年9月1日に取得したことが記載されているが,右決算書は平成2年4月27日開催の取締役会において承認され,その後,同年5月17日開催の取締役会において右決算書を同年6月20日開催予定の株主総会の議題とすることが承認され,右決算は右株主総会において承認された。

(一〇) その後,訴外会社は平成2年に10回,平成3年に17回,平成4年に14回,平成5年に10回,平成6年に18回本件ゴルフ会員権を得意先荷主の接待や同業者との交際に利用した。

(一一) 訴外会社における取締役会議事録は,通常,総務部が作成し東京事務所の社内役員の捺印を求めた後小樽の社内役員に送付して捺印を求め,次いで社外の非常勤役員に送付して捺印を求めていた。

(一二) 訴外会社の取締役会議事録の中には一部の役員の押印のないもの(甲第22,34号証)があるが,このような議事録が作成されたのは訴外会社の代表取締役馬郡邦雄が病気入院中にその職務を誰が代行するかで社内的に混乱していた平成元年1月ころの一時期であった。

(一三) 第1審原告小田は,平成3年5月21日訴外会社の取締役会で,任期満了後は取締役候補とされず,その直後の株主総会で不再任となって退任し,その後,平成4年4月8日付書面をもって訴外会社に対し,第43期定時株主総会(同年6月19日開催)に第1審被告の取締役解任の議題を提出するように請求し,その理由の一として第1審被告が取締役会の決議なく本件ゴルフ会員権を購入して自己の用に供している旨指摘したが,それまで,右会員権の購入が違法であることを取締役会で問題にしたことはなかった。なお,第1審原告小田の右提案に対して訴外会社の同年5月18日開催の取締役会は監査役の厳正な監査を受け,その結果は適法である旨の報告を得ているとして株主総会で反対する旨の意見を決議し,同年6月19日開催の右株主総会において第1審原告小田提案の右議題は反対多数で否決された。

(一四) 訴外会社の役員,担当者らは,平成4年4月第1審原告小田から本件ゴルフ会員権購入が違法である旨指摘を受けた際及び平成5年5月及び同年11月第1審原告らから第1審被告に対する損害賠償請求訴訟の提起を求められた際のいずれの時期も,平成元年9月21日の取締役会議事録の内容を確認しようとせず,平成5年12月24日に本訴が提起された際初めて取締役会議事録綴りを点検し,平成元年9月21日開催の取締役会及び同年12月22日開催の取締役会の議事録がないのに気づいた。

第1審原告らは,取締役会で,本件ゴルフ会員権の購入を承認する決議はなされなかったと主張し,甲第1,21号証中には,右主張に沿う記載があり,平成元年9月21日の取締役会の議事録が本訴訟において書証として提出されておらず,第1審被告はその理由として右取締役会の議事録が会社に保管されていないからであると述べるが,当時議事録が作成されたことを窺わせるに足りる証拠はなく,甲第1号証によれば取締役会で決議事項がない場合には議事録は作成されなかったとの記載もあり,議事録が存在しないのは承認の決議がなされなかったからではないかとの疑いもないではない。

しかし,前掲証人山田早苗,同田代満,同吉岡五郎は,右取締役会で,本件ゴルフ会員権の購入を事後的に承認する決議があった趣旨の供述をしており,乙第4,7,31,32号証中にも同趣旨の記載があるが,右各証人の供述内容等は,右取締役会における右会員権に関する出席者のやりとりについて具体的に述べるなど大筋において一致しており,十分に信用することができるほか,右会員権の購入について,業務連絡会における了承,常務会における決定,稟議書の内容など訴外会社内部における前記認定の審議の過程,その後の取締役会で右会員権の購入を記載した第41期の決算が異議なく承認されるなど第1審原告小田が平成4年4月8日付書面で訴外会社に対し第1審被告の解任の議題の株主総会への提出を請求するまで購入について承認の決議の不存在は問題とされなかったことを考慮すると,右会員権の購入について取締役会の承認があったものと認めることができるから,第1審原告らの主張は理由がない。議事録の不存在は右認定を覆すに足りない。

以上の認定事実によれば,第1審被告は,本件ゴルフ会員権の購入について事前に取締役会の承認を得なかったものの,購入に近接した時期に開かれた取締役会で異議なく事後的に承認を得ていること,購入に先立ち,予め常務取締役により構成される常務会で購入の承認を得ていること,右会員権の購入価格は後記認定のとおりほぼ当時の右会員権の相場価格に沿うものであり,右相場価格は当時上昇傾向にありその後上昇したことを考えると不相当に高額の価格で購入したとはいえないこと,右会員権は取引上の交際に使用する目的で購入されたものであり,右会員権は取引先との交際に利用されており,訴外会社は従来右会員権のほかにも複数のゴルフ会員権を保有し取引に利用していたことを考慮すると,第1審被告の本件ゴルフ会員権購入に法令定款に反する違法や不当はないというべきである。

3  本件ゴルフ会員権の購入により訴外会社の被った損害について検討すると,右会員権の価格は,訴外会社が購入した平成元年9月当時の相場に沿ったものであった(乙第27号証ないし第29号証,第32号証,当審証人吉岡)ところ,その後右会員権の相場価格は上昇し,平成元年には9000万円,平成2年には9400万円に上昇したこともあるが,平成5年には約3000万円程度に下がり,平成6年には約4100万円であること(甲第6号証,乙第5号証)が認められる。右事実によれば,右会員権の購入価格はほぼ当時の相場価格であるから購入により訴外会社に損害が生じたということはできず,その後,右会員権の相場価格は低下しているけれども,訴外会社は右会員権を取引先との交際の必要上購入し,これを将来にわたって保持することを目的としているのであるから右会員権の相場価格が低下したとしても,右会員権を保持している以上,損害は生じないものということができる。

4  以上のとおり,本件ゴルフ会員権に関する第1審原告の主張はその余について判断するまでもなく採用できない。

二  札幌ゴルフ倶楽部会員権の不売却について

前記一で認定した事実,証拠(甲第5号証,乙第1,11,23,24号証)及び弁論の全趣旨によれば,訴外会社は,平成元年8月25日ころ,本件ゴルフ会員権購入資金の一部として札幌ゴルフ倶楽部の会員権の売却代金を予定していたが,北海道のゴルフ場は冬期間利用することができず会員権は冬場に向かって値下がり傾向があるため,一時売却を見合わせ,その代わりに有価証券を売却して本件ゴルフ会員権の購入資金とすることを持ち回り稟議で役員に提案しその旨承認を得た上,右会員権を購入し,札幌ゴルフ倶楽部のゴルフ会員権の値上がりを待っていたところ,平成2年春ころからいわゆるバブル経済の崩壊でゴルフ会員権の市況が急落したため,札幌ゴルフ倶楽部のゴルフ会員権の売却の機会を失し,平成3年9月30日開催の取締役会で右会員権の売却を見合わせることを承認し,平成4年6月19日開催の取締役会において右会員権を売却することを中止する旨報告を受けてこれを了承したことが認められ,以上の事実によれば,訴外会社において右会員権を売却する旨の取締役会の決議はなく,かえって予定されていたその売却を中止すべきことが取締役会で承認されたものであり,右会員権を売却しなかったことが第1審被告の義務違反になるということはできないから,右の点に関する第1審原告らの主張はその余の点について判断するまでもなく採用できない。

三  交際費等の支出について

1  別紙一覧表番号27を除き,その余の番号の費目のために同番号の金額を第1審被告が訴外会社に支出させたことは当事者間に争いがなく,第1審被告はこれらの支出は訴外会社の業務遂行に必要な接待交際費,会議費等の支出であった旨主張し,第1審原告らは別紙一覧表記載の全ての支出は訴外会社の業務と関係のない第1審被告の個人的な飲食費等であると主張するところ,証拠(乙第38号証ないし第41号証)によれば,第1審被告は別紙一覧表記載の全ての支出の合計額である60万7964円とこれに対する平成6年1月12日から平成7年11月10日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金5万5632円との合計66万3596円を支払うことを訴外会社に申し出,訴外会社は平成7年11月9日開催の臨時取締役会でその支払いを受けることを全員異議なく承認し,同月10日第1審被告は右66万3596円を訴外会社に支払い訴外会社はこれを受領したことが認められるので,右支出は補填されたということができる。したがって,仮に,第1審原告らの別紙一覧表記載の支出に関する主張が認められるとしても,この点に関する訴外会社の損害はないことに帰し損害賠償請求権は成立しないことになるから,前記支出が適法か違法かを判断するまでもなく,第1審原告らの請求は理由がないということができる。

2  第1審被告は,右支払により第1審原告らに訴えの利益はなくなった旨主張するが,第1審原告らが第1審被告に対し給付請求権を主張している以上,訴えの利益がなくなるものではないから,第1審被告の主張は採用できない。

3  第1審原告らは,株主代表訴訟において追及される取締役の責任は,商法266条違反に基づくものであるから,総株主の同意がなければその責任を免除することができないものであり(同法266条5項),また,株主代表訴訟で勝訴した株主は,会社に対して弁護士費用等の支払を請求することができるのであるから第1審被告の主張は右規定に照らしても不当である旨主張するが,商法266条5項の責任免除は弁済等と関係なく当該取締役の責任を免除するものであり,また,商法266条の2の規定は株主代表訴訟の勝訴株主に会社に対する弁護士費用の支払いを請求することを認めたものであり,右の各規定があるからといって弁済等により損害賠償請求権に消長を来たすことは妨げられないから第1審原告らの主張はいずれも採用できない。

四  日本海運輸関連費用の不返還についての判断は,この点に関する原判決理由説示(原判決16枚目裏9行目の冒頭から同18枚目表3行目の末尾まで。)のとおりであるからこれを引用する。

五  以上のとおり,第1審原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

第五  よって,第1審原告らの本訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却し,第1審被告の本件控訴に基づきこれと判断を異にする原判決中第1審被告敗訴部分を取り消し,第1審原告らの本件控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法96条,89条,93条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗方武 裁判官 小野博道 裁判官 土屋靖之)

〈以下省略〉

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